よさこい祭りの由来!全国にあるのはなぜ?

高知のよさこい祭りは、日本の有数のお祭りの1つです。

高知のよさこい祭りが、どんな歴史と経過を経て来て、全国各地に「よさこい」が広まって行ったのかを、歴史と由来とを説明して行きます。

よさこい祭りの由来は?

よさこい祭りのはじまりは

本元の高知県の「よさこう祭り」の歴史はと言うと、高知県の商工会議所が中心になって始まったお祭りです。

本家の「よさこい祭り」は、戦後の景気振興策としまして、1954年に第1回となる記念すべきお祭りが開催されたようです。

最初の参加団体はと言うと、現在の約10分の1の21団体でした。

750人の踊り子が、特設の舞台の上で「よさこい鳴子踊り」と言われる独特なスタイルで踊ったのでした。

日本の当時のお祭りは、伝統的な「盆踊りスタイル」の様でした。

最近はロックや演歌とか、サンバやヒップホップのカーニバルの様な物まで、幅広く現在の音楽を取り入れて、多くの若者が参加する、にぎやかなお祭りになってきています。

この「よさこい鳴子踊り」の独特なスタイルが、最近の「両手に鳴子を持って踊る」の元になったようです。

 

よさこい祭りの歴史

1959年にペギー・葉山が歌う「南国土佐を後にしてが大ヒットしたので、その曲で映画も上映されまして「よさこい祭り」が全国に知られていったようです。

1970年に「日本の踊り10選」に選ばれて、その年開催されました大阪の「日本万博博覧会」にて「よさこい鳴子踊り」が披露されたこともありました。

1972年に、フランスのニースで行われたカーニバルに招待を受けたのが、初の海外デビューです。

それからは、日本の伝統の踊りに、「外国のにおい」がするサンバ調のリズムを取り入れた「よさこい鳴子踊り」がだんだんと進化して行って、現在の独特なものになってきたようです。

1989年に、フランスのマルセーユで行われた「ジャパン・ウィーク」において、高知県から踊り子が派遣されまして、「サンバ調のよさこい踊り」が披露されて、「逆輸入」となって、フランスで大喝采を浴びた事になりました。

現在では、毎年の8月4日に開催されます「よさこい祭り」は、約200チームの、約18,000人もの人が参加するようになってます。

最初のわずか21団体で、750人だった頃からすると、こんなに大きく成長しました。

よさこい祭りは全国にあるのはなぜ?

北海道の学生が高知で見て

北海道大学の学生が高知県でよさこい踊りを見て、「北海道にひろめたい」と思い学生仲間を集めて、「YOSAKOIソーラン節」が生まれたようです。

1992年から始まって、毎年6月上旬に「YOSAKOIソーラン祭り」が開催されて、高知のよさこい祭りと北海道のソーラン節が合い交わって、新しいよさこいのスタイルが打ち出すイベントになったのです。

こんなふうに北海道にも広まった「よさこい踊り」は、全国各地に広まっていったようです。

発祥地以外で町のイベントとして成功すると、私もマネしてみようと思われる地域がでてきても不思議はないですよね。

 

全国大会が開かれるようになった

そして、1999年に第1回の「よさこい全国大会」を、高知県で開催されるようにもなりました。

それからは、高知県で全国大会が開催される様になって、今では毎年「よさこい祭り」の最後の日、北海道をはじめとして、日本各地から踊り子たちが、高知県に集まって来て、「よさこい全国大会」が、行われています。

毎年3万人位の人が参加して、全国でも最大規模のお祭りになってます。

海外からも参加する人たちもいて、国際色の豊かなよさこいのパフォーマンスは、見る人を引き付ける、魅力あふれて、とっても楽しいものです。    

 

まとめ

高知県の「よさこい祭り」は、8月9日(木)~12日(日)まで、高知市内の16か所の演武場や競技場において、「よさこい踊り」が披露されます。

チームでの参加する時の条件としては、「よさこい鳴子踊り」のメロディを必ず入れる事や、鳴子を持って踊る事です

曲のアレンジは自由で、ロックとかサンバとか古典の曲などバラエティにとんでいる、よさこい踊りを見て楽しめます。

 

作成者: 山本